非認知型スキルの重要性(後編)

みらい教育

その若き隊員の志望動機を聞くと

その多くが

「震災」や「災害」を経験したり

またはメディアを通じて知り、

その中で自衛隊の隊員が

自分を犠牲にして

必死に被災者と向き合う姿勢に

「心を打たれ

自分もそうありたい」

と「覚醒」するということの

一つの査証ではないかと思う。

つまり、

夢という問いになると

「自衛隊員になりたい」

となるが、

それではあの厳しい訓練や

一見不条理とも思えるような環境下で

自衛隊員であり続けることは

難しいだろう。

しかし、

志という問いになれば

「災害等で大変な状況の中で

多くの被災者を救いたい」

という考え方に変換される。

つまり

子育てや教育において

感度の高い保護者が

難関国私立を目指そうと思い

子供も頑張ろうとなるために、

まずその土台として

「一度きりの人生で

自分は何を成し遂げたいか?」

そこを常に意識する必要性を

強く感じた。

ただ誤解してほしくないのは

「意識する」ことが大事であって

「早く答えを出す」

と言うことではない。

アンパンマンの歌詞にある

「何のために 生まれて

何をして 生きるのか?

答えられないなんて

そんなのは いやだ」

この歌詞に

すべての答えが入っている

自分も一父親として

子供に対する「感動」が

薄れてはいないか?

「生まれてきただけで」感動し

「寝返りが出来ただけで」感動し

「立ち上がっただけで」感動し

「言葉を話し始めただけで」感動し

「初めて人間らしい絵を描いた」

ことに感動した。

いつの間にか

目の前に子供がいることが

「当たり前になってしまっていないか」

「求めるものが多くなりすぎていないか」

僕ら夫婦の元に来てくれた我が子に

「夢」ではなく

『志』を意識させているか

夢と志の違いを

ちゃんと教えているか

そう考えると

「当たり前」の中に

「当たり前じゃない」ことが

たくさんあることに気づく。

中学生や高校生、

大学生いずれでもいいのだが

僕も含め

中高生を持つ保護者は

多少の差違はあれど

「よい大学からよい会社へ」

といわれて育った世代だ。

しかし世の中はどんどん変わり

その変革の中で

どう志を持てばいいのか?

「次世代のロールモデルは

「ホリエモン」さんでもないし

「ひろゆき」さんでもないと思っている。

それは彼らがだめだ言うことではなく

「非認知型スキル」という観点からみると

どうしてもぼやけてしまうからだ。

(ファンの方、すいません)

僕ら夫婦も含め

不安を抱きながらも必死に回答を探し

子育てをしている多くの保護者にとって

先が読めない時代だからこそ

「とりあえず出来るだけ

偏差値の高い大学へ」

という思いに駆られてしまうのは

親として

「子供の幸せこそが第1」

であれば

仕方がないのではないか?

「そうじゃない」というのは簡単だが、

「じゃあ、次世代のロールモデルを

目の前で示してみろ」

と言われ、

語れる人が何人いるのか?

当然のことながら

不完全の僕には

まだまだ修行が足りない

よって無理だ。

必死にあがき、

今日より明日をより良くしたい

そう思って頑張る姿くらいしか

見せられない。

「脱偏差値」をかかげ

様々な取り組みをしている

学校があっても

そこに情報の非対称性がある限り

「何を目安にするの?」

と聞かれれば

「偏差値」と「大学入試実績」くらいしか

はっきり見えるものがない。

それでも一方で

教育改革の必要性と

次世代の人材に求められるものを

しっかり理解し、

それを必死に主張し

その規模の大小にかかわらず

本気で取り組んでいる

多くの塾長先生がいる

数は少ないかもしれないが

そういうことをキチンと理解し

何とかしようと頑張っている

学校の先生もいる。

繰り返しになるが

自分も含め

親が子に望む究極の目的は

「誰よりも幸せに

なってほしい」

「他者から愛される

存在であってほしい」

これ以外あるのか?

だとすれば

「志」の意味をしっかりと教え

一緒に考え

「多くの人を

幸せにすることでしか

自分の幸せを享受できない」

まず真っ先に教えることは

これかもしれない。

「目先の利益に踊らされない」

「自己啓発」「ビジネス書」の棚に並ぶ

「怪しいタイトルの本などに

惑わされてはならない」

「簡単に手に入れられるものは

そもそも希少性を持たないし

簡単に失ってしまう」

その本質を理解すれば

そのためのスキルを

身につけさせることだけが

本来の「学習の意義」だという

考えにつながる。

大人は背中を見せ、

そして折に触れて

言葉にして伝えなければならない

そう危機感を持っている。

コロナ禍で多くの企業が倒産、

廃業に追い込まれた

それにより副次的に

非自発的失業も増えた。

また今後AIの発達により

従来の仕事が成立しなくなる業種は

確実に増える

だからこそ

教育に関わるものは

「狭義の目的として志望校合格を掲げ

その成果をしっかり出していく」

それはそれで何ら問題はない。

しかし、

広義においては

「授業を通じて

人材育成をしっかり行い

社会貢献の一助となる」

つまり、

「非認知型スキルを

高めるためる唯一の場」

そうなるよう

学校も民間教育機関も

変革を求められている。

「非認知型スキルの獲得こそが

これから先の社会に適応できる

人材になる条件」

と改めて考えさせられた。

2時間もの間、

僕一人が先生を独占してしまい

申し訳ありませんでした。

しかし、先生のその熱い魂と

志の詰まったバトンは

生涯離しません。

そして、必ず我が子に託します。

先生、ありがとうございました!

<追伸>

「柊君、前から気になっていたんだけど

君はあまりメモをとらないね」

あの時も言いましたが

その通りです!

メモを取ると先生の言葉が

耳に入りません。

しかもあとで読んで

「なにが書いてあるんだ」

となることは必定なので

ぼくは大事なときはメモを取らず

「ICレコーダー」で録音しています。

先生、これは一石二鳥なんですよ。

1,先生の目を見てしっかり話が聞けて

 質問も出来る。

2,繰り返し聞いて、文字に起こして

 しっかり理解を深められる

だから「不真面目」ではありません!

柊蓮(ひいらぎ れん)

柊蓮(ひいらぎ れん)

少子高齢化、ICT、AIの進展、英語教育改革、入試改革といった業界内における様々な環境の急激な変化をビジネスチャンスと捉え、既存の経営戦略にとらわれない思い切った経営戦略、集客戦略の構築によるクライアントの業績向上に邁進中

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