家庭教師の本質 2人の家庭教師をクビになって学んだ事

家庭教師になる

大学当時、僕は貧乏で、何とか奨学金をもらいつつ、 足りない部分は自分で稼ぎ、学費を払い、生活をしていた。

とにかく ①学費を稼ぐ ②生活費を稼ぐ という状況にあった為、 「高効率で大きく稼げる仕事」が必要条件だった。

当時、大型トラック(20tクラス)の長距離運送(冷凍+短期納品)など、 平均1往復で7~10万位はもらえるので、 大型特殊免許を持っている僕にとっては、 ハードだが、魅力的な仕事だった。

ただ、この仕事をメインにすると、 1回の仕事で最低でも2日間は帰ってこれない為、 3日以上の連休や、長期休暇で一気にお金をためて、 それで学費をねん出していた。

そんなある日、 大学の友人である脇坂(仮名)から 「家庭教師のバイトを引き継いでほしい」と頼まれた。 僕にとっては、これが「教育」との最初の接点になった。

一方で、僕は平日は自分で起こしたビジネスを行っていたのだが、 それはほとんど自分が稼働しなくても稼げる仕事だったため、 軽い気持ちで引き受けた。

引き受けたのは3人の中学生

1人目の生徒「さつきちゃん」(仮称) ①中学2年生の女の子 ②数学が苦手 ③性格的は明るく、積極的に質問をする「優等生」

2人目の生徒「斗真くん」(仮称) ①中学3年生の男の子 ②上位高校を目指している ③性格は大人しく、コツコツ取り組むタイプ

3人目の生徒「ちづるちゃん」(仮称) ①中学2年生の女の子 ②勉強自体への取り組みができていない ③勉強に向き合う事に拒否反応が強い

1回2時間で10000円 、しかも3人  これはおいしい!ありがとわが友よ! という軽い気持ちで引き受けましたが、 世の中そう甘くはなかった。 たった2時間そこそこで1万円ももらえるという事の、 本当の「厳しさ」を思い知ることになる。

2か月で2人の家庭教師をクビになる

最初は順調(だったと自分では思っていただけだが…)だったが、 その日は突然やってきた。 2か月ほどたったある日、 3人の内の2人の保護者から突然「終了の通告」を受けた。

それまでこの2人を見ていた脇坂は、 すでに僕と交代するまで1年以上続けていた。 脇坂の1年以上に渡って築いた「信用」があったから、 保護者は僕への交代も受け入れてくれた。 勿論僕に問題があったのは間違いないが、 具体的に何が悪かったのか、全くわからない。

後日、せっかく紹介してくれたにも関わらずこのような結果になった事について 脇坂に謝罪した。

「気にしなくていいよ。 でも切られたのって、 さつきちゃんと斗真君の2人じゃない?」

瞬時にかつ正確に切られた生徒を言い当てた事に、 驚きと動揺をかくせなかった。

「どうしてわかるの?」

「彼らはね、本当は勉強を教えてもらいたいわけじゃないんだと思うんだよね」

「えっ?どういう事?」

「本当にしてほしい事は、 実は自分でもわかっていない事が多いんだよ。 こちら側が、潜在化しているニーズを顕在化し、 “こういうことをしてあげればいいかな?”ってなると、 “そうです!お願いします!ってなるんだ。 おそらく蓮は、勉強を一生懸命教えていたんじゃないかな?」

僕は、言葉を失った。 「勉強を教える以外何をするのが家庭教師?」 「潜在化しているニーズ?」 「潜在化→顕在化?」 僕の頭はこの3つの疑問がぐるぐる回って、混乱状態。 やはりどうしても気になって、 脇坂に 「なぜ切られたのか理由をきいてもらえないか?」と頼んだ。

脇坂は、 「俺の方こそ嫌な思いさせてごめんな。 連にちゃんと俺がどういう指導をしていたか 具体的に引き継いでいなかった事が原因だから俺の方も、 もやもやしてたんだ。 もちろん理由はちゃんと聞いてくるよ」と快諾してくれた。

ちなみに僕に紹介してくれた脇坂は 当時僕に譲った3人以外にも8人ほど見ていて、 さらに口コミで順番待ちという、 「家庭教師のエキスパート」だったことを後から知った。 しかも、今回紹介してくれた3人は、 脇坂には1回3万円という僕の3倍の金額で受けていた。  彼のキャパの問題上、 僕に紹介するにあたり、 授業料を1万円に減額して交渉した結果だった。

脇坂の信用を傷づけた事に対する申し訳なさ、 自分のふがいなさへの腹立ち。  徹底的に彼から学ぼう。  3つの疑問の答えを必ず自力で出そう 僕は「家庭教師としてお金をもらう」事 決して甘くはなく厳しい世界である事と、 向き合う覚悟を決めた。

もしこの時、「僕が切られた真の理由」を知らないままだったら、 僕の人生は「教育」という分野に行く事はなかったかもしれない。 そう思うほど、当時の僕にとっては、衝撃的な「理由」だった。

教えないで教える事

「蓮、お前を切った理由わかったよ。 今日夜空いているか?飲みながら話さないか?」 今すぐこの電話で知りたかったけど、 もっと彼から学びたい、 色々聞きたい という衝動の方が大きかったので 彼の言う通り、いつもの居酒屋で落ち合う約束をした。

「蓮、今から言う事で、自分を絶対責めるなよ。 俺だって最初は3か月も持てばいい方だったんだ。 蓮には家庭教師の経験がない。 だから蓮が悪いわけじゃないんだ。 だから約束してくれるか?」

そう切り出されたとき、 心臓が口から出そうなほど緊張した。 彼は、ジョッキのビールを一気に飲み干すと、丁寧に話してくれた。

「蓮、あの2人の勉強に対する姿勢について、どう映った?」

「う~ん。お前の言う通り、 勉強に対する姿勢は前向きだったし、 成績もかなり良かった。むしろ、なぜ 家庭教師が必要なのかわからなかったくらいだよ」 そう答えると、

彼はうなずきながら、 「蓮、彼らは勉強を教えてほしかったわけじゃないんだ」

「電話でも言ってたけど、どういうこと?」

「蓮、よく考えてみろ、 俺たちが彼らに勉強を見てあげられるのは、 1週間でたった2時間。 1か月に直しても、8時間。 それで、どうやって成績をあげる? どうすれば苦手科目を克服できる?」

「確かに…。 でもわからない事を教えてあげるのが家庭教師の役目だろ? やっぱり俺の教え方が悪かったんだろう。 あの2人はそれをずっと言えなかったんだろう。 そんなつらい思いをさせて、申し訳なかったな…。」

「蓮、それは違う。彼らは、 “成績の上がる勉強の仕方” “志望校に合格するための勉強の仕方” を教えてほしかったんだ」 「蓮、ここが大事な部分だからよく聞けよ。 成績を上げるため、志望校に合格するためには 、「戦略」と「戦術」が必要なんだ。 俺たち家庭教師に求められているのは、 どういう勉強の仕方をすれば成績を上げる事ができるか 徹底的に理解できるまで教える事。 つまり戦略だ。 そして週に1回、それを行動という名の戦術に落とし込んで 、きちんとできているか、 計画通りに進んでいるか、 もしうまくいっていなければ、どうすれば元の道に戻れるか? それを一緒に考え、うまくいっていれば褒め、 壁にぶち当たっているときは、 一緒に乗り越え、 それができたとき、又褒める。 つまり戦術が機能しているかどうかチェックし、 自分の力で勉強に向き合うようにすることなんだよ」

「蓮。お前が切られたのは、 教え方が悪かったせいではなく 彼らにゴールへ導くための戦略と戦術を確認せず、 ただ、目の前にある小さな問題をつぶしていただけだったんだ。 だから、お前がいない1か月、 約700時間、 彼らは何をすればよいかわからなくなっていたんだ。」

「もっと言えば、俺が見ていた時のやり方と違う事で、 枝葉しか見えなくなってしまい、 自分が正しい戦術に則って進んでいるか、 間違った方向に行っているのではないかという不安が 解消できなくなった。これが一番の要因だ。 電話でも言ったが、全ての責任は俺にあるんだよ。」

衝撃だった 「家庭教師とは、ゴールに向かうための戦略を教える。 と同時に戦術を伝授し、チェックする事」 しかし彼の話の中でどうしても腑に落ちない疑問も出てきた。

「でも戦略も戦術もすでにお前から教わっているんだろう。 なぜそれが崩れてしまったんだ?」

「蓮、戦略を確立させる、 というのはそれほど簡単じゃないんだ。 ここを突破しないと戦術の話に到達しない」 「10人いれば、10通りのゴールがある。 という事は10通りの戦略を立てる必要がある。」  「戦略を立てるために必要なことは何かわかるか?」

「現状…。つまり今この子はどういう状況か、ってことか?」

「それももちろん重要だ、 でもそれだけじゃない。もっと大事なのは、 ”その戦略を信じてやってみようと思ってくれるか、 ってことだ」 「どんなに良い戦略だとしても、 その子が”できないかもしれない”と思ったら、 もうその時点で机上の空論なんだ。 「わかる」と「できそう、できるかもしれない」は全く違うんだよ。 ここを突破して、 初めて教師と生徒はパートナーになる。」 「そうやって”ゴールまでの戦略”を共有出来たら、 次は、「行動」つまり戦術だ。 ここでも、10人いれば、10通りのやり方になる。」

「そうか、その子に合ったゴール設定、 そのための戦略、 そして戦術に落とし込むことをすればいいのか」

「蓮。確かにそうだが、 残念ながらなかなかそううまくはいかないんだよ」

「なぜ?」

「蓮。さっきも言ったけど、 「わかる」と「できる」は違うんだ。 頭でわかっても、行動できないなら全く意味がない。 もっと言えば、 「わかったけど、できない」方が圧倒的に多い。 連にもそういう経験はないか?」

確かに言われてみればその通りだ。 「わかっているけどできない…」 挙げればきりがないほど経験がある。

「だから、家庭教師はもう一つやるべきことがある」

「なんだ、教えてくれ。」

「蓮。実はもう、その答えを俺はすでに言っているよ。 戦略を共有し、戦術に落とし込み、実行させる… それ以外に俺がやっていた事はなかったか?」

「…。ほめる…か?」

「蓮、その通り!つまりモチベーションを維持させることだ。 「承認」と言い換えてもいいだろう。 さっきも言ったけど、 出来ないをできるに変える方法は、 「できた」という経験の量、 そしてそれを何倍にも膨れあげさせる魔法の言葉「ほめる」だ」 「蓮、できるは、ある日突然大きな塊となって現れる訳じゃない。 小さな「できた」「やり切った」を積み重ねて初めて自信になる。 それでもまだ中学生だ。 ちょっとした何かで簡単に戦略が崩れるのが当たり前なんだ。 「本当にこれでいいのか?」と 常に揺れているのが中学生だ。 だから、毎回必ず、次に会うまでモチベーションを高めるために ありとあらゆる方法で、自分を肯定させる、 自分がやっている事が間違いない事を確認させ、 確実に前に進んでいる事を信じさせる。 つまり「共有した戦略を疑わせない」事。 モチベーションを維持させる事が出来て、 初めて、戦術は効果を発揮するんだ」

「要するに、次に会うまで戦術をしっかり維持するため、 会わない時間に崩れてしまわないように、 しっかりとつなぎとめるための方法が、「ほめる」、 つまりモチベーションを上げる、ということか?」

「そのとおりだ蓮」

それから色々話したがほとんど記憶に残っていない。 ずっと脳裏に、 切られた2人の生徒の表情や様子ばかり浮かんでいた。 「確かに僕が行くと 、いつも何か言いそうなそぶりだったな。 でも僕は、出した宿題の中で、分からなかった事を ただ教えていただけだったんだ。 あの子がなにか言いたそうだったのは、 勘違いじゃなかったんだ!」 胸が張り裂けそうだった。 「なぜ最初にあった日に脇坂の戦術、戦略の確認をして、 安心させなかったのか?」 「なぜ、もっとたくさん褒めてあげられなかったのか?」 彼には自分を責めるなと言われたが、 責めずにはいられなかった。

「2時間で1万円」 やはり簡単に手にはいるものではなかった。  家庭教師をなめてた自分が悔しかった。 安易に引き受けた自分が恥ずかしかった。 そして何より脇坂に気を遣わせたことが恥ずかしかった。 もっと勉強しよう。堂々と1回3万円です。 と言えるだけの努力をしよう(いや、まずは1万円だ) アパートに戻って、ずっとそのことばかり考えていた。 ここから僕の家庭教師としての道が始まる。

柊蓮(ひいらぎ れん)

柊蓮(ひいらぎ れん)

個人の方、個人事業主や中小企業を中心に 「スモールビジネスマーケティング」 というスキームを使った FP&経営コンサルティングをやっています。

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