教科書レベルで十分

みらい教育

以前のブログで

「小中学校の教科書や児童書は

大人が読んでも

大きな気づきがある

自己啓発本だ」

そういうことを書いた。

そんな折、

「中学生の約25%が

教科書レベルの文章を

十分に読解できない

状態にある」

という話を聞いた。

中には

「このままでは未来の社会が危ない」

という論調もあった。

しかしそう言う大人も

中学校の教科書レベルの文章が

読解できない人が

実は結構いるんじゃないか?

そう疑いたくなる。

理由はメディアで取り上げられる

ニュースを見れば

それを実感できる。

たとえばブログやツイッター等で

文脈や行間を読み取らず、

切り取られた言葉だけが一人歩きをして

炎上する。

政治家は

意味の分らない言葉をただ並べて

国会討論や

記者によるぶら下がり質問でも

都合が悪いことは

まともに質問に答えようとしない。

先日も

日本のオリンピックの一番偉い人が

自分の発言について謝罪をしていたが

どう聞いても

何回聞いても

「私は失言などしていないし

何でこんなに叩かれるか分らないが

これまで一生懸命色々やってきたし

むしろ何でそっちは評価されないか?

でもこれ以上無視していると

なんだかヤバそうだから

取りあえず辞めるし謝るね」

といっているようにしか聞こえない。

一方でそういう報道を見ても

「だから政治家は

信用できないんだよ」

といいつつ、

国民もあまり

大きな疑問を

持っていないような気がする。

イギリスのEU離脱の国民投票や

アメリカの大統領選挙の結果を受けて

客観的な事実より

仮に虚偽であっても、

個人の感情に訴えるものの方が

強い影響力を持つという真実を

ある海外メディアでは

「ポスト・トゥルース」

(脱・真実)

と揶揄していた。

国民投票は民主主義国において

ほぼ最高権力だといえるが、

感情に流されて投票したため

この2国の国民投票の結果で

多くの国民は分断され、

取り返しが付かないことになっている。

EUの離脱を決めたのもの国民だし

アメリカファーストの

大統領を選んだのも国民だ。

これらは国民が

自分の意志で投票したはずだ。

なぜに自分たちで決めたのに

こんなにもめるのか?

日本は制度上

総理大臣を国民が直接選べないが

もし国民が直接選べる制度になったら

本当に

「もっとも日本の首相にふさわしい人」

が選ばれるとは到底思えない。

だから

現在国の内外での混乱を見るに

日本も十分に

「ポスト・トゥルース」化していると感じる。

特にコロナがらみでは

「どの情報が真実で

どの情報が個人の意見なのか」

よく分らなくなることがある。

元を正せば、教育の機能不全が

原因なのかも知れない。

真実を読み取る力

真実を見いだす力

真実を探る力

そういう力が大人にこそ

足りていないのではないか?

社会にはこれだけ

問題が山積みだというのに

投票率が著しく低いことも

その査証だ。

民主主義社会における

教育の一番の役割は

産業界のための

即戦力育成ではない。

民主主義社会の一員として

より長期的な広い視野にたって

物事を考え、

判断できる

子供を育てる事のはずだ。

「教育は未来への投資」

とよく言われるが

それを、

優秀な技術者を輩出して

日本の産業発展に役立てようとか

グローバル人材の育成は

今後の社会を考えれば

言うまでもなく「マスト」ではあるが、

その目的が

国際競争力を高めよう

とか言うような

短絡的な意味ではないはずだ。

「今の教育の質が

未来の社会全体の

質を決める」

それこそが根本だ。

現在

中学受験だけでなく

高校受験や大学受験においても

教科横断型の問題や

非認知型スキルを試すような問題

が多くなっている。

これは

「知識を暗記で詰め込む勉強」の

限界を意味している。

あるいは

そういう知識偏重な人材は

これからの社会では通用しないという

学校側からのメッセージだ。

客観的に問題文を読み

課題を見いだし

解決の糸口を探し

自分の考えをわかりやすくまとめる

言葉にするとなにやら難しそうだが

これらは

教科書に出てくる内容だけを使って

十分可能だ。

これは公立の小学校だって

本気を出せば出来るはずだ。

だから小学生のうちに

一人でも多く

この事実を知ってほしい。

そして実感できる場を

与えてあげてほしい。

考える楽しさと分る喜び

そして一生懸命やったからこそ

その出来なかった時の悔しさも

ちょっとだけ味わってほしい。

そうすれば、

未来の社会は

今までよりもずいぶん

良くなるはずだ。

学校が厳しければ

学校では不十分だと感じるならば

そのときこそ

民間教育機関の出番であり

その役割を担ってほしい。

柊蓮(ひいらぎ れん)

柊蓮(ひいらぎ れん)

少子高齢化、ICT、AIの進展、英語教育改革、入試改革といった業界内における様々な環境の急激な変化をビジネスチャンスと捉え、既存の経営戦略にとらわれない思い切った経営戦略、集客戦略の構築によるクライアントの業績向上に邁進中

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