無意識に貼ってしまうレッテル

みらい教育

不振教室になる原因は

色々ある。

その大きな要因は

「良い教師」が

どれだけ多いか?

それは間違いない。

しかし、それ以外にも

共通する問題がある。

それは

「生徒に無意識に

レッテルを貼る」

という事だ。

ある教室で

他の教科はよく出来るが

「数学だけ異常に苦手」

という生徒がいた。

教師達も

そのことについて

「宿題をちゃんと

やってこないからだ」

とか

「授業中の集中力が散漫だ」

といった話になる。

確かに「現象面」だけみれば

そうなんだろう。

しかしこういう場合、

(前提として

生徒保護者と丁寧に面談し

その意図と効果を説明した上で)

やや荒治療だが僕は

「クラスダウンを勧める」

大抵の教室長は

「えっ、それじゃあ本人の

やる気が下がってしまう」

と懸念を示すが

そう言う生徒ほど

成績をよく見ると

「他の教科も引きずられ、

下がっていく」

というケースが多い。

つまり、教師が無意識に

レッテルを貼ることで

生徒も「自分はだめだ」と

なってしまい、

他の教科も含め

勉強そのものに対する

モチベーションが

「既に」下がっているのだ。

そして、最終的には

自分を信じられなくなり

「退学」

という最悪の結末になる。

実際ある教室でも

そう言う生徒がいた。

そしてその生徒に

「クラスダウンの提示

とその意図」

これを生徒は当然として

保護者にも丁寧に伝えた。

そしてたいていの場合

受け入れてもらえた。

本来数学以外は

実力があるので

クラスダウンすることで

かえって心に余裕が出来

さらにそこに

「ほら、本気を出せば

君の能力なら

これくらい当たり前に

発揮できるんだ」

「君の力は

こんなもんじゃないよ」

と励まし続けることで

当然下位クラスだが

クラストップになる

要は

「自分の真の力を

自分自身に

しっかりと実感させる」

生徒のそうだが

保護者もどうしても

「出来ない部分」に

つい目が行ってしまう。

だからこそ、

出来る部分を再度認識させ

部分の問題が

全体の問題であるかのように

錯覚している事を解消する。

そうやって少しずつ

自信を取り戻す。

そこをしっかりクリアーした上で

初めて「課題」と向き合いさせる。

「自分の真の力、

学力に対する自信」

これを取り戻させる事が出来れば

数学も自然と

「ちょっと頑張ってみようかな」

となり、

元々学力が高いし

学習習慣もそれなりに付いている。

だから、

適切なサポートと

スモールステップの構築により

数学の成績もあがる。

理由は僕の教え方云々ではない

もともと「勉強が出来る」生徒なので

「君はやれば出来る生徒だ」

ということをちゃんと信じさせる事

教え方や対応方法に

どうしても目が行きがちだが

「宿題をやってこない

授業中、集中していない」

そう無意識で思っているから

当然教師もそう言う言動が

出てしまう。

それが生徒にも伝播するのだ。

こういう場面を何度も見せることで

「クラスダウンは

決してネガティブな事ではなく

生徒の自信を取り戻させる

一つの手段」

だと分るようになる。

そしてタイミングを計って

本来のあるべきクラスに戻すのだ。

しかし、

ここでもまだ落とし穴がある。

もちろん僕が

主体的に対応したから

と思われてしまうこともあるが

彼らはこの現象を見て

「やっぱり環境が変れば

生徒は変るんですね」

という。

そうじゃない。

これは全ての生徒に言えると

確信を持って言えるが

強さも弱さも

自信も不安も

得意、不得意も

意欲も怠け心も

正直さもずるさも

優しさも凶悪さも

賢さもずるさも

全て持っているのだ。

要はその中で

「何が外に発現しているか」

誰が、どう

関わったかによって

「何を発現させられるか」

ということだ。

もし仮にその生徒に

上記能力が0なら

どんな教師でも

生徒を覚醒させることは

出来ないはずだ。

学習において

「10が100」に

なる事はあっても

「0が1になる」

事は無い。

「○○君?

あの子はだめだね。

全然やる気が無い」

「○○さん?

あの子は

ちっとも宿題をやってこないし

そもそも読解力が無い」

こうやって

もっともらしく生徒を

評価

(解釈・判断と言い換えてもいい)

するのは簡単だ。

特に不振教室では

そういう教師が少なくない。

だから教師が

そういう思考でいると

「引き寄せの法則」

が働くがごとく

「先生が思っている通りの生徒」

として発現する。

だから、

その原理原則を知ることは

とても重要だ。

なぜなら

「その逆」をすれば

良いだけだからだ。

「○○君も、

本当は「やる気」が

眠っているはずだ」

「○○さんも、

読解力の芽は必ずある」

そうやって

自分の教え子を

信念を持って

「信じる」事。

全てはそこから始まる

信じて、意識して

正面から関われば

「引き出す

コミュニケーション」

が実現する。

繰り返しになるが

子供には

良い悪いに関わらず

全ての「芽」が

ちゃんとあるからだ。

大人と違い、良い意味で

世の中の不条理に

あまり触れていない分

関わる大人が

「こうなってほしい」

「この子にはこういう能力が

必ず眠っている」

そう信じて関われば

「元々眠っている

そういう力が

必ず発現する」

教師が

「目の前にいる

1人の生徒に

執念を持って接する」

そうすることで

学校でも

家庭でも引き出せなかった

素晴らしい資質、能力を

生徒の中に眠っている能力を

1つずつ引き出すことが出来る。

もし全ての教師が

そういうことを意識して生徒と接し

それが授業や生徒対応に

しっかりと活かされれば

1教師として、

「教える」「与える」「やらせる」

そんな次元を遙かに超えた

「生徒の潜在能力を発現させる」

これを

教師は実感することが出来る。

かつて「カリスマ教師」だった

鷹司先生が言っていた

「授業を通じて

生徒の潜在能力を

全て引き出す」

彼が言いたかったのは

そういうことだと思う。

彼が信念を持っていたのは

「子供は全ての

能力の芽を持っている」

そう信じ切っていたからだと

改めて実感する。

だから僕は

どんなに業務が増えても

決裁事項が増えて

スケジュール管理が

ぎりぎりの状態になっても

一番厳しいクラスに入り

教壇に立ち続けた。

それは義務感や

授業の勘が鈍るから、

という理由ではなく

「眠っている能力を

引き出す喜び」

知ってしまったからだ。

環境も大事だが

それ以上に

「持っていると信じ

それを引き出す」

それこそが

教師でいることに

心から充実する

瞬間だからだ。

柊蓮(ひいらぎ れん)

柊蓮(ひいらぎ れん)

少子高齢化、ICT、AIの進展、英語教育改革、入試改革といった業界内における様々な環境の急激な変化をビジネスチャンスと捉え、既存の経営戦略にとらわれない思い切った経営戦略、集客戦略の構築によるクライアントの業績向上に邁進中

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