日本型教育の3大問題

みらい教育

日本の教育改革は

上流(大学入試)から下流(幼児教育)へ

順次改革が行われる。

教育環境が大きく変わろうとしている今

子供たちの能力開発は

官民ともに変革期にある。

「日本型教育」は現在3つの課題を抱えている。

1つは2045年のシンギュラリティ問題。

簡単に言えば

人間の脳とAIの能力が逆転するということだ。

この問題について様々なメディアでも

取り上げられているが

こと「日本型教育」においては

致命傷になる可能性も秘めている。

なぜならAI開発能力において

日本はかなり世界標準から

遅れているからだ。

このままでは「AIの優れた下請け人」

なるという論調もある。

2つ目は

日本の人口の激減が

世界史上初の加速度で進行中

だということだ。

将来国力が弱まる中で生き抜くために

何が必要なのかを

見据えておく必要がある。

そして3つ目は

これも何度か取り上げてきたが

「日本の子供の自己肯定感は

世界で最低レベル」

ということだ。

どんなに学力が高くとも

自分に自信が持てなければ

何事にも挑戦する

「チャレンジ精神の育成」は難しい。

近年中国をはじめ

インド、シンガポール、ベトナムといった

東アジア圏の学力向上が目覚ましい。

ちなみに脳のサイズは

9歳ごろまでに大人とほぼ同じくらいまでに

成長すると言われている。

それまでに習得したことや習慣が

一生の土台となるため

根っこの部分を

しっかりと鍛える必要がある。

幼児教育に再びスポットライトが

当たっている昨今において

「新のグローバル教育とは何か?」

これを官民一体となり

教育先進国に追いつくことこそが

現在の日本型教育の課題ともいえる。

これはあくまで私見だが

真のグローバル教育とは

「子供を自立、自活させるための教育」

と考えている。

日本の子供たちが強い意志を抱いて

自分の足で未来を力強く生きるために

教育はまさに未来への投資だと言える。

2020年から始まった大学入試改革では

小論文やプレゼンテーション、ディベートなど

いわゆる「表現力」が重視される

英語の4技能化についても

様々な取り組みがすでに始まっているが、

「語学習得はあくまで手段の1つに過ぎない」

ここをはき違えると

誤った方向に行ってしまう。

語学を習得する最終的なゴールは

「自分の考えを表現すること」

ここが一番重要だと考えている。

これは英語だけに限らず

国語にも言えるが

語学教育はまず「聴く」ことからスタートする。

そもそも日本の英語教育は

子供に英単語を「与えよう」とする傾向にある。

僕はそれこそが

失敗の元凶なのではないか、と考えている。

言葉をたくさん聞かせる中から

子供が自ら「選び取って、話す」

という方向に

教育者は導く必要がある。

そしてそのうえで「読む」インプットを

すればするほど「書く」力も身についていく。

つまり4技能の習得には

明確な「順番」があるということだ。

特に6歳から10歳ごろまでは

知識を詰め込むためではなく

本を好きになる事、

そして文字を嫌がらない脳に

鍛えていくことが重要だと考えている。

この時期はどうしても

「親の関与」と「環境」が重要になる。

よって例えば親が厳選した

10冊の本をリビングなどに置いて

「好きな本を選んで読んでみたら」

と声をかける。

また読んでいく途中で

意味がわかなくなっても

そこで止めて

辞書などで意味を調べさせず

一気に読むようにアドバイスした方が

読むことのストレスは

大きく軽減されることを

自身の子育ての中で実感した。

僕も初めは

「わからない部分は自分で調べて」

と考えていたが、

どうしてもその「面倒な作業」が

読書を楽しむインセンティブを

阻害することに気づいた。

よく誤解されがちだが

「意味調べ」の重要性を

否定しているのではなく

「読書を嫌がらない習慣づけ」

という視点から見ると

「意味を調べる」という作業は

できる限り排除した方がいいだろう、ということだ。

英語の長文読解でも

「わからない単語はいちいち意味を調べさせる」

よりも

「前後から類推して一気に読ませる」

事を考えれば、イメージしていただけると思う。

それ以降僕は娘たちが本を読んでいる中で

意味が分からない場合、

内容的に「ここが一番重要だ」という場面であれば

即答で「親が答える」

そうでもない部分なら、

「とりあえず先に進めよう」

とスタンスを変えた。

それにより

読書に対する抵抗感は

大きく下がったことを実感した。

今後の日本の課題や

グローバル化の進展において

非認知型スキルの中でも

中核的なスキルである「表現力」だが

これをどうやって

身に付けさせればいいか?

よく聞かれるが、

わが子の表現力を見る限り、

僕に偉そうに主張できる気はしないが、

あくまで一般論として考えると

「表現力」は

それ自体を鍛えるというのは難しい。

よって、

表現力を身に付けさせる前段階では

まず「自分が何を伝えたいのか考える力」を

養成する必要がある。

これは「思考力」と

言い換えた方が分かりやすかもしれないが、

この思考力の養成は、そのまま

子供の学ぶことへのモチベーションになる。

言語というツールを使って

何かを創造する力の源泉は

「思考力」であり、

それを支えるのは

「イメージ力」だと考えている。

自身の子育てと

教師という2つの立場において

最終的にたどり着いた結論は

「イメージ力の養成」

→「思考力の養成」

→「表現力の養成」

という順番が最適解だと結論付けた。

まずは

「アニメ」や「映画」を見て、

聞かれたことに答えられる

そして次の段階として

文章を読んで、

聞かれたことに答える

この順番を無理なく踏ませることが

重要だと分かった。

僕は理系なので

子供もその影響を受けやすい部分もあり

中学受験など

全く考えてもいなかったが

子供の興味の赴くままに

「ニュートン算」や「仕事算」などの

考え方について

小学3年生くらいで

「なんとなく」理解できることが分かった。

高学年になり今度は

「問題を解くために、

これらを公式化し使えるようにする」

という段階においても

すでに低学年時に

これらの「イメージ」が出来上がっているので

「公式として覚える」という作業は

必要ないことが分かった。

つまり低学年時に

ある程度イメージができていれば

公式化してツールとして使う段階においても

すでに問題の本質が理解できる。

中学受験塾で時々「危ういな」と思うところは

ここを「イメージ」させないまま「公式」として

どう使うかに、力点が置かれていることだ。

確かに「受験」」という明確なゴールがあり

志望校というゴールに向かって

学ばせることは多いし、

ある程度覚えるという作業も必要になる。

しかし、

「なぜこういう式になるのか?」よりも

「この問題はどうすれば素早く解けるか?」

に傾倒すると

確実に「思考力」は伸びない、

よってその上にある

「表現力」は身につかない。

特に今後「教科横断型」試験や

「図やデータといった膨大な資料を基に問題を解く」

というケースの入試が増えてくると

「イメージ力」「思考力」がないために

うまく対応できないというケースが多発する。

以前から

「暗記で処理する学習」や

「効率性を重視する学習」に

警鐘を鳴らしているのは、

図やデータから何がわかるかを考えさせ

文章の意味を読み解かせ

イメージしながら式を組み立てる力が

養成できないからだ。

また中学生を教えていると

「空間図形」を苦手にする生徒が

比較的多い。

ここも「テクニック」で

処理させるケースを何度も見たが

少しひねられると対応できない。

やはり

「空間認識能力」の育成をすっ飛ばして

高効率に問題を解かせるテクニックを教えても

対応に限界があることを実感している。

特にこの「空間認識能力」の養成は

かなり時間をかけていい部分だと

思っている。

そして可能な限り

「幼少期」にこそ

意義がある分野でもある。

なぜなら

「空間認識能力」は

そのまま

「0から1」を創造する力や

見ない時間などを認識して

イメージする力に直結する。

よって、

最終的な「表現力」の養成に

到達させるうえでも

「思考力」

それを支える

「イメージ力」

そして「空間認識能力」は

結果として「世界を意識した学び」となり

結果、

日本の未来を支える子供たちにとって

大きな武器になると信じている。

柊蓮(ひいらぎ れん)

柊蓮(ひいらぎ れん)

少子高齢化、ICT、AIの進展、英語教育改革、入試改革といった業界内における様々な環境の急激な変化をビジネスチャンスと捉え、既存の経営戦略にとらわれない思い切った経営戦略、集客戦略の構築によるクライアントの業績向上に邁進中

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